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岡山地方裁判所 平成元年(ワ)159号 判決 1991年11月26日

原告

大元こと姜義晴

被告

渡辺弘幸

ほか三名

主文

一  被告渡辺弘幸は原告に対して、金一一二万一三四四円及びこれに対する昭和六三年九月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告渡辺弘幸に対するその余の請求並びにその余の各被告らに対する請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告渡辺弘幸との間に生じた費用は五分し、その二を原告、その余を同被告の負担とし、原告とその余の各被告間に生じた費用は全部原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対して、金一六〇万一九二〇円及びこれに対する被告シグナ・インシユアランス・カンパニーは平成元年四月二九日から、その余の各被告は昭和六三年九月二七日から、各完済まで年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

被告渡辺

原告の請求を棄却する。

その余の被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故

昭和六三年九月二七日午後一〇時三五分ころ、岡山市大元一丁目一二番一六号先道路上において、被告渡辺運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という)が原告運転にかかる原告所有の普通乗用自動車(以下、原告車という)と衝突した。

2  責任原因

Ⅰ 被告渡辺

前方不注視の過失があるから、民法七〇九条により損害賠償責任がある。

Ⅱ 被告山﨑

同被告は、原告補助参加人である有限会社代行運転互助会(以下、補助参加人という)従業員の被告渡辺に命じて被告車の運転をさせていたものであるから、民法七一五条により損害賠償責任がある。

Ⅲ 被告株式会社アークハウジング(以下、被告アークという)

同被告は原告車を保有し、運行使用者であつたから、民法七一五条により損害賠償責任がある。

Ⅳ 被告シグナ・インシユアランス・カンパニー(以下、被告シグナという)

同被告は当時、被告山﨑との間で、被告車の起こした交通事故により発生した全損害について、その被害者に対して直接、損害保険金弁済の義務を負うこと、及び被害者が同被告に対する直接支払請求権があること等を内容とする対物自動車保険契約を締結していた。

3  補助参加人の主張

Ⅰ 被告山﨑には民法七一五条の損害賠償責任がある。

即ち、代行運転者が自動車所有者を同乗させて運転する場合、運転経路や立寄先等全て所有者の指示に従うもので、そこに従属関係が認められ、これは実質的には指揮監督関係と評価できる。

そして、本件の場合、被告山﨑は被告渡辺に被告車の運転を任せることにより運行の利益を得ると共に、自動車運転という本来的に危険な事業を行わせているものであるから、民法七一五条の法の趣旨に照らして責任が肯定されるべきである。

Ⅱ 被告渡辺は許諾被保険者である補助参加人の使用人に当たる。

即ち、自家用自動車保険普通約款第一章第三条第一項(3)の但書の趣旨は、そこに記載の自動車取扱業者は、他人から対価を得ており、営業行為に伴う自動車の使用管理に起因して賠償責任を負担する危険対策費は当然営業コストとして対価に含まれているとみるべきだという点と、記名被保険者(本件の場合、被告山﨑)が、これらの業者に被保険自動車(本件の場合、被告車)を委託する場合、営業行為に付随して業者が起こす自動車事故による損害を自己の保険で担保しようという意思を持たないのが一般的であるという点にある。

しかし、代行運転業者にも個人の場合から会社組織で多数の運転手を抱えているものまで、その営業規模は多様であつて、相当程度の規模の業者についてのみ営業コストの中に危険対策費を含めているはづだとか、含めているべきであるということがいえるのである。

また、記名被保険者としても、自己の車両が事故を起こした場合に自分が賠償しなくてもいいようにとの趣旨で保険加入しているものであつて、代行運転手が運転中に事故を起こした場合に、自己の保険の使用を拒否する意思があるとはいえないのである。

以上のとおり、但書の趣旨が必ずしも説得的でないことや、保険会社が一方的に作成した条項であること等を考慮し、更に被害者保護の見地から、右但書は限定的制限的に解釈されるべきである。

4  損害

Ⅰ 修理費 六五万一九二〇円

Ⅱ 代車料 一〇万円

一日一万円で一〇日間

Ⅲ 修理による価格減少損害(評価額) 八五万円

原告車(ベンツ)の事故当時の価格は八五〇万円で、その一割が相当である。

5  結び

よつて、原告は被告ら各自に対して、前記損害合計一六〇万一九二〇円及びこれに対する被告シグナ以外の各被告は事故の日の昭和六三年九月二七日から、被告シグナは訴状送達の翌日の平成元年四月二九日から、各完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因の認否

被告渡辺

1  1の事実は認める。

2  2のⅠの事実は争う。なお、過失があるとしても、原告にも過失があるから、過失相殺されるべきである。

3  4の事実は不知

被告山﨑、同アーク

1  1の事実は認める。

2  2のⅡ、Ⅲの事実は否認する。

被告山崎は、補助参加人に被告車の代行運転を依頼したところ、補助参加人が使用人の被告渡辺に運転業務を執行させていた際に本件事故が発生したものであり、また事故の態様は直進車の原告車と右折車の被告車とが交差点内で衝突し、双方の車が破損したものであるから、双方に過失がある事故である。

3  4のⅠの事実は不知。4のⅡ及びⅢの事実は否認する。

被告シグナ

1  1の事実は認める。

2  2のⅣに対して

被告シグナは、被告山﨑との間で、同被告を被保険者、被告車を被保険自動車として自家用自動車保険(いわゆるPAP)の契約をしていた。

しかし被保険者の被告山﨑は、補助参加人の客であり、補助参加人の使用人である被告渡辺との間に雇用関係も命令関係もなく、したがつて被告渡辺の起こした事故について被告山﨑には民法七一五条の責任はなく、被保険者に責任がないから被告シグナには保険金支払責任はない。

また、保険約款上、被告渡辺が自動車を取扱うことを業とする会社の従業員であるから、被告渡辺の起した事故については免責される。

即ち、本件保険約款第一章第二条によると、被告シグナが保険金支払義務を負担するのは、被保険自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の財物に損害を与えたことにより、被保険者が損害賠償責任を負担する場合とされ、その被保険者は第三条によると、記名被保険者の外に記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用又は管理中の者、いわゆる許諾被保険者も含まれているところ、但書でこの許諾被保険者の範囲から自動車修理業、陸送業等自動車を取扱うことを業としている者はその使用人を含めて除外されている。

しかして、自動車を取扱うことを業としている者とは、自動車の販売、保管、整備、加工、運送業のように自動車を媒体とする有償双務契約に基づき、他人の自動車を受託することを、その業務の主要な内容としている者であつて、前記但書に記載の業者は、その例示である。

しかるところ、補助参加人は、客の依頼により有償で客の指定する車の運転を代行する者であつて、自動車を取扱うことを業としている者に当たるから、その使用人の被告渡辺が運転中に起こした本件事故について、前記保険約款の但書により、被告シグナに保険金支払の義務はない。

3  4のⅠの事実は不知。4のⅡ及びⅢの事実は否認する。

第三  証拠は本件記録中の書証、証人等の各目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、被告らの責任について検討する。

1  被告渡辺

被告渡辺との間では成立に争いがなく、原告、被告山﨑、同アーク及び同シグナとの間では被告渡辺本人尋問の結果により成立の認められる丙第四号証に原告及び被告渡辺の各本人尋問の結果によると、「被告渡辺は被告車を運転し、南方から北方に向かつて進行して、本件現場交差点に差しかかつたこと、当時対面信号は黄色の点滅信号であつたこと、現場道路は南北道路と東西道路とが、ほぼ直角に交差する交差点であるところ、南北道路は北向と南向の各車線を分ける中央分離帯に樹木があるため、相互に反対車線の見通しが不良であつて、交差点で右折する際、その中央からやや右折したぐらいの地点にまで進出しないと、対向車両の存在を確認できない状況にあつたこと、しかるに被告渡辺は交差点中央付近で一旦停止して反対車線の交通状況を確認することなく、時速三〇キロ位の速度で右折を開始して、交差点中央をやや横切つた位の地点まで右折した際、前方二〇メートル位の反対車線上に、時速約五〇キロ位の速度で進行して来る原告運転の原告車を発見して、急ブレーキをかけたが及ばず、被告車と原告車が衝突した」ことが認められる(この認定を覆す証拠はない)から、被告渡辺は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

2  被告山﨑

証人柏瀬浩文の証言及び被告山﨑人尋問の結果によると、「被告山﨑は当時、知人と会食して飲酒していたことから補助参加人に被告車の代行運転を依頼し、その従業員の被告渡辺が被告車を運転していたこと」が認められるので、被告山﨑は請負契約における注文者の立場(タクシー乗客と同様の立場)にあつたというべきであるから、同被告に民法七一五条の損害賠償責任があるということはできない。

なお、被告山﨑が被告渡辺に対し、目的地までの経路等を指示することがあつたとしても、本件の場合、それは、タクシーの乗客がそうする場合と、何ら差異はないから、被告山﨑が被告渡辺に対する関係で指揮命令する関係にはなく、使用者の立場にあるということはできない。

3  被告アーク

被告山﨑本人尋問の結果に弁論の全趣旨によると、被告アークは単に被告車の所有者に過ぎないから、民法七一五条の損害賠償責任があるということはできない。

4  被告シグナ

被告シグナが事故当時、被告山﨑との間で、同被告を被保険者、被告車を被保険自動車として自家用自動車保険(いわゆるPAP)の契約を締結していたことは同被告においても認めるところ、被告山﨑に本件事故についての損害賠償責任がないことは先に認定したとおりであるから、これあることを前提とする被告シグナに対する保険金支払請求は理由がない。

次に、成立に争いがない乙第二号証によると、自家用自動車保険普通保険約款第一章第三条第一項(3)によると、記名被保険者(本件の場合、被告山﨑)の承諾を得て被保険自動車を使用又は管理中の者も被保険者とされているが、その但書で自動車修理業、駐車場業、給油業、洗車業、自動車販売業、陸送業等自動車を取扱うことを業としている者やこれらの使用人等が、業務として受託した被保険自動車を使用又は管理している間は除外されていることが認められる。

そこで、本件の場合、補助参加人の使用人である被告渡辺が補助参加人の業務として被保険自動車の被告車を運転中に起こした本件事故について、前記但書の適用があるか否かについて検討する。

被告渡辺本人尋問の結果に弁論の全趣旨によると、補助参加人は五、六〇人位の実働運転手を擁し、四〇台位の車両を保有して自動車運転代行業を営むものであつて、相当の規模の業者であるばかりでなく、その事業は、客から依頼されて、客の自動車を客の指定する場所まで運送することを目的とするものであるから、陸送業と同質のものと解され、客を乗せる場合でも、それはあくまでも付随的なものに過ぎないから、本件の場合、補助参加人は前記但書にいう自動車取扱業者が業務として受託した被保険自動車を使用又は管理している者に当たるというべきである。

従つて、補助参加人の使用人である被告渡辺が起こした本件事故について、被告シグナは前記約款の但書により免責され、保険金支払義務はないというべきである。

三  損害について

1  原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第二号証の一、二、甲第三号証、成立に争いのない甲第四号証に原告本人尋問の結果によると、「原告は昭和六三年九月一七日ころ、新車の原告車(ベンツ)を代金八五〇万円で購入し、それから一〇日間位後の同月二七日に本件事故に遭い、右横前部が損傷したこと、そこで、その頃、与田モータースで修理し、六五万一九二〇円の修理費用を要したこと、そして、右修理には一〇日間を要したが、その間外車の代車を借入れて、一日当たり、少なくとも原告主張の一万円は要した」ことが認められ、この認定を覆す証拠はないから、修理費用と台車料で合計七五万一九二〇円の損害を被つたものと認められる。

2  原告は、原告車購入代金八五〇万円の一割の評価損を受けた旨主張するところ、前記認定事実によれば、原告は新車の原告車(ベンツ)を代金八五〇万円で購入して一〇日間位経過後に本件事故に遭つて損傷したものであるうえ、原告本人尋問の結果によると、原告は修理して一か月位経過した頃、原告車を五五〇万円で他に処分したことが認められること等に徴すると、本件事故による評価損は原告主張の八五万円を下らないものと認定するのが相当である。

3  以上によると、原告の損害は一六〇万一九二〇円となる。

四  過失相殺

先に被告渡辺の責任の項で認定した事実関係に徴すると、本件事故の発生については原告にも過失があるというべきであり、双方の過失の割合は原告が三、被告渡辺が七と評価するのが相当というべきである。

そうすると、原告の前記損害の七割に当たる一一二万一三四四円を被告渡辺において賠償すべきものである。

五  結び

以上の次第で、原告の本件請求は、被告渡辺に対して右認定の損害賠償金一一二万一三四四円及びこれに対する本件事故の日の昭和六三年九月二七日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求並びに、その余の各被告に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三島昱夫)

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